クロッキーの魅力
- 夏目シュウ

- 2025年12月18日
- 読了時間: 4分

久しぶりのクロッキー、冬の江之子島にて。
2025年12月14日、日曜日。
よく晴れた空とは裏腹に、風が強く、体感温度はかなり低い一日でした。
そんな冬の日、大阪・江之子島文化芸術センターで開催された、佐上まりこ( https://www.ma-sagami.jp/ )さん主催の「小さなクロッキー会」に参加してきました。
佐上さんは画学生時代の学友で、作家として精力的に活動されています。
こうして今も声をかけていただけることが、とてもありがたく感じています。
このクロッキー会には、ほぼ初心者の方から、すでに作家として活動されている方まで、実にさまざまな方が参加しています。
目的もレベルも人それぞれですが、佐上さん主催ならではの共通項があります。
それは「ライブ感のあるクロッキー」この一点。
久しぶりの「裸婦」クロッキー
今回のモチーフは裸婦。そして自分のテーマは「モードクロッキー」。
久しぶりのクロッキーということもあり、正直、とても難しかった。ヌードはいつ描いても簡単ではありませんが、久々となると尚更です。
クロッキーでは、ただ正確に描くことだけが目的ではありません。
勢いのある活きた美しい線
プロポーションを意識したモード的フィクション
かっこよさ、スタイリッシュさ、画面映え
これらを常に意識しながら描いていきます。

相反するものを、同時に高める
デッサンを気にしすぎると、線から勢いが消えてしまう。かといって、勢いやタッチだけを優先すると、雰囲気止まりの絵になる。
この相反する要素を、なるべく高い次元で同時に成立させる。
そこにクロッキーの面白さがあり、さらに +αのモードエッセンスや個人的なこだわり が加わったとき、ぐっと良いクロッキーになると感じています。

ヌードは「骨」で描く
服を着たモチーフの方が、正直、絵的には雰囲気を出しやすく、自由度も高い。その点で言えば、服を着たクロッキーはとても好きです。
けれど、たまに描くヌード、特にモードを意識したクロッキーヌードは、肉ではなく、骨で描く意識 がなければ、スタイリッシュにはならない。
これは服を着ているときも本質は同じですが、ヌードはごまかしがきかない分、自分の理解力不足やデッサン力不足を、はっきりと突きつけてきます。
それが、苦しくもあり、面白くもあるところです。

時間ギリギリまで、描き続ける
モデルを描く時間が終わると、残り時間の許す限り、参加者それぞれが「モデル」と「描き手」に分かれ、3分〜5分という短い時間で、次々と描いていきます。
最後の方になると、さすがに集中力が切れそうになりますが、それでも「もう一枚」「あと少し」という気持ちが、鉛筆を持つ手や姿勢から伝わってきます。時間ギリギリまで描きたいという、その純粋な熱意がとても印象的でした。

同じモチーフ、まったく違う世界
すべて描き終えると、最後は皆で作品を並べての講評会です。
同じモデル、同じ空間で描いているはずなのに、構成も、線のタッチも、リズムもまったく違う。
そこに並ぶクロッキーは、それぞれが全く別の表情を持っています。
描き手の視点、身体感覚、その瞬間の集中や迷いまでもが、そのまま線として表れているのが面白い。
改めて、クロッキーという表現の奥深さと、「描く」という行為そのものの豊かさを感じる時間でした。
描き続けたい理由
クロッキー(モードクロッキー)は、やはりとても好きです。
だからこそ、定期的に描き続けたいし、表現ももっとアップデートしていきたい。
余韻は、帰りの電車の中まで
クロッキー会の後は、参加者の皆さんと少し早めの忘年会を兼ねて食事へ。学生時代のクロッキー練習法の話などをして、懐かしさに浸りながら帰路につきました。
帰りの電車の中で、ふと学生時代を思い出し、(もちろん周囲に迷惑がかからないよう気を配りながら)クロッキーを描いてみることに。
車内では、モデルは数秒で動いてしまうし、じっと見続けることもできません。だからこそ、本当に一瞬で描くことになる。
きちんとしたデッサンはできないかもしれない。
でもその分、全体をざっくり捉えることに集中できるし、一瞬の印象や感情が、そのまま線に反映される。
「失敗だから消す」なんて余裕は、もちろんありません。
やっぱり、クロッキーは面白い。
そう、あらためて実感した一日でした。




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