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『線』と『ノイズ』が美しい画家、佐伯祐三

  • 5 日前
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更新日:3 日前


佐伯祐三『郵便配達夫』(大阪中之島美術館所蔵)。背景を極限まで簡略化し、郵便配達夫という主題を際立たせた肖像画。画家の死の直前に描かれた代表作。
「郵便配達夫」佐伯祐三/大阪中之島美術館所蔵


佐伯祐三という画家が好きです。


彼の作品を初めて見たのは、中学校の頃の美術の教科書だったと思います。有名な「郵便配達夫」。

理由は分からないけれど、心惹かれたのを確かに覚えています。


なぜ、こんな話から始めたかというと、ゴールデンウィークに本棚を整理したんですよね。


図録や画集が、沢山というほどではないにしろ手元にあります。


ルノワール、モネ、ドガなどの印象派、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなどのポスト印象派、その後のピカソ、マティス...等々、有名どころが節操なく並んでいたりしますが、その中に佐伯祐三の図録があります。


2冊ある図録のうち、新しい方は、2023年の大阪中之島美術館 開館一周年記念 特別展で開催された回顧展のものです。

図録を眺めながら、ちょうど三年前のこの時期に観覧したときのことを思い出しました。





2023年の回顧展と、美しき美術館の記憶 当時、教務をしていた私は、画友と共にこの展覧会へ向かいました。

開館したばかりの近代的な大阪中之島美術館の建築そのものにも興味がありましたし、同館は大阪出身である佐伯祐三の作品を数多く所蔵しています。


今回の回顧展は他館の協力により作品を一堂に観覧できる特別展ということもあり、非常に楽しみでした。


また、中之島という川沿いの景観の良い立地も相まって、当日は天気にも恵まれ、絶好の散歩日和だったことをよく覚えています。



■ 佐伯祐三の描く「ノイズ」と、好みの合致

この回顧展が素晴らしかったのは、初期から晩年にかけての作品が時系列で展示されており、画家の歩みを追えた点です。

作品が良いのは言うまでもありません。

佐伯の作品の良さは「ノイズ」だと思っています。

通常、ノイズは避けるべきマイナスのものと思われがちですが、彼の場合は「要らないノイズ」ではなく「要るノイズ」なのです。


私は普段「Modism」をベースに作品に取り組んでいますが、その視点で見ると、「ノイズなど不要ではないか」と言いたくなるかもしれません。

しかし、そうではないのです。


引き算を旨とするModismと、一見足し算にも見える佐伯の表現。

矛盾するように見えますが、単に表面的な情報量の話ではありません。

「本質を表現するために何を選択するか」

彼が残したノイズは必要最低限、つまり『最小限』なのです。

事実作品には、佐伯の目(心)に映ったものだけが躍動する線や芳醇なタッチで刻まれ、それ以外は見事に省略されています。

物心つく前から理由もなく惹かれていたこの表現の中に、「本質の抽出とその方法」という共通項を見出したとき、これこそが、幼い私が佐伯の作品に惹かれた理由であり、今なお愛してやまない理由だと思うのです。




■ 苦悶する自画像との対峙――「迷い」の時期に得た勇気


佐伯祐三『自画像』(大阪中之島美術館所蔵)。『夜のノートルダム』の裏面に描かれた、絵筆を持ち立ちつくす自画像。自らの顔が激しい筆致で塗りつぶされている
「自画像」佐伯祐三/大阪中之島美術館所蔵/『夜のノートルダム』裏面に描かれた作品

さて、技術論を語りたいわけではなく、この展覧会に行って本当に良かったと思ったのは、あの「自画像」を実物で見られたからです。


非常に有名な絵ですが、何が良かったかといえば「ああ、佐伯でさえ、これほど迷い、追い詰められていたのか……」という切実なまでのリアリティでした。


顔をグシャグシャに潰し、絵筆を持って呆然と立ちつくす自画像。

この彼は、精神的に相当な窮地に立たされていたのではないでしょうか。 比較的裕福な家庭に育ち、日本で先進的な技法を習得した自負と共に、意気揚々と渡仏した佐伯。 ところが、フランスでは『ケチョンケチョン』にこき下ろされます。

全く評価されず、「古臭い(アカデミックすぎる)」と一蹴されたわけです。 自らを否定され、全く受け入れてもらえなかったショックは、どれほどのものであったか。

そのやるせない焦燥が、あの塗りつぶされた顔とその立ちつくすポーズに凝縮されています。


当時、私は師を亡くした直後で、「何をどう描くか、何をどう教えるべきか」という迷いの中にいました。 そんな時にあの絵と対峙し、「佐伯でさえ自暴自棄に陥るほどの葛藤を抱えていたのだ」と、痛いほどの勇気をもらったことを鮮明に覚えています。 何度か目にしたことのある作品でしたが、あの日、画家の歩みを時系列で辿りながら原画に触れたことで、その絶望感・焦燥感がダイレクトに伝わってきて、しばらく眺めていたことを思い出します。 やはり、原画が放つ圧倒的な迫力だけは、プリントや画面越しでは決して捉えきれないものなのです。




■ 命がけの創作ではなく、純粋な「楽しい」の追求

ここから、徐々にいわゆる「佐伯節」が姿を現します。 独特のタッチでパリの街角やポスターを描き、自分の画風を確立していきます。

一度帰国し、日本で活動した時期の風景画も興味深いものですが、彼は再びパリの地へと戻り、描き続け、そして最期を迎えました。


その死についても、一般には「絵に命を懸けた画家だった」と評されることが多いかもしれません。

しかし、私は少し違うニュアンスを感じています。 彼はただ、「描くことが楽しくて仕方がなかった」のではないか。そう思えてならないのです。


やっとパリに戻れた佐伯は、子供が遊びに夢中になるように、描きたい衝動を抑えきれなかったのではないでしょうか。


体調を省みるよりも「描きたい」という純粋な気持ちが勝り、雨に打たれながらも街角に立ち続けた。 もちろん、史実としての最期が、精神的に追い詰められた末の病死であったことは理解しています。

決して楽観視できる状況ではなかったはずです。


それでも、命を削るという悲壮な決意以上に、描く悦びに突き動かされた結果として、身体の限界を超えてしまった——。


そう捉えるほうが、あの躍動する「タッチ(筆致)」の正体に近づける気がするのです。



佐伯祐三『広告貼り付け』(アーティゾン美術館所蔵)。パリの街角で壁一面に貼られた広告や文字、重なり合う色彩を激しい筆致で捉えた油彩作品。
「広告貼り付け」佐伯祐三 /アーティゾン美術館所蔵

■ 迷い、這いずり回ることの真価

このように好きなことに没頭し、そのことだけを考えて生きる。 それは、なかなかできることではありません。

こうした純粋な没頭が、余計なものを削ぎ落とし、力強さを増した晩年の佐伯のタッチ(筆致)へと通じているように感じます。


もしも、年老いた佐伯が描くまた別の世界を見られたなら、彼は一体どんな景色を見せてくれていたでしょうか。


それは想像の域を出ませんが、病弱ながらも人生で最も熱を帯びた時期に、魂の込もった作品を遺した作家であったことに間違いありません。


その鮮烈な生き方にも心打たれますが、それ以上に心に深く残っているのは、彼の「迷っていた時期」の姿です。


高名な芸術家や成功者は――そんなはずはないと、冷静に考えればわかることなのですが――他者より苦労なく、あるいは苦労があっても鮮やかに乗り越えて成功したと思われがちです。


しかし、彼らもまた、私たちと同じように苦悶し、迷い、這いずり回って、何とか壁を乗り越えています。


人それぞれ、他人にはわからない悩みはきっとあり、その事実を、あの自画像を通じて佐伯から教えられたことを思い出すとき、私は大きな勇気をもらえるのです。

洋画家・佐伯祐三の肖像写真。30歳という若さでパリで客死するまで、独自の「タッチ(筆致)」を追求し続けた、日本の近代美術を代表する画家の姿。

大阪中之島美術館 開館一周年記念 特別展「佐伯祐三 ― 自画像としての風景」|2023年4月15日〜6月25日

大阪中之島美術館 公式サイト



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